| タイトル | 能・よみがえる情念 |
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| サブタイトル | -能をよむ- |
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| 編著者 | 馬場あき子 | |
| 出版社 | 檜書店 | |
| 価格 | 2,100円(本体2,000円+税) | |
| 判型 | A5 | |
| ページ数 | 282頁 | |
| 発売日 | 2010-02-22 | |
| 在庫 | 有り | |
| 注文コード | 9784827909845 |
馬場あき子 最新刊。
「能のもつ深いちからに、中世的という以上に、より文学的な精神の深淵、人間の情念の美しさや強さを評価すべきだと思ってきました。」・・・著者あとがきより。
本書は能をより深く楽しむために、能が作られた時代背景と文学的な背景を解説した手引書です。第一章では「よみがえるシテの情念」として、中世という時代から見た女と男の恋の形や、心の機微を描き出します。第二章では「和歌と能の物語」として21曲を取り上げ、歌人である筆者の視点で能の物語の背景や能に取り込まれている歌の背景などに迫ります。
夕方家に帰ると檜書店からの小包が届いていた。開くと「能・よみがえる情念」馬場あき子著の本だ。手に取ると和綴じ風の製本でしっとりと手になじんだ。
ページを裁いた。新しい本の香に胸が弾んだ。
私は昭和五十三年、観世流に入門した。当時の山里の祝い事は「謡」がなければ始まらなかった。
馬橇にて嫁ぎて来る角隠に上り戸前にて謡し高砂
三三九度等当時は晴れの場で「謡」の出番が沢山あった。
年間十数回も親戚に頼まれ謡うこともあった。
その後祝い事は自宅ではなく会場で行うようになった。
自然に私も謡う機会を失った。謡曲とも次第に遠のいていった。
朱筆せし謡本数多見つかりて今は亡き師の声響きをり
師の謡に何時も消されし吾の声を嗄らして帰る吹雪きし道を
今は若き日に習った朱筆された謡本を稽古している。
こんな時、檜書店の「能・よみがえる情念」馬場あき子著に出会った。
一、シテの情念では「井筒」から「道成寺」まで十八曲の解説がなされている。
当時の女性の立場、思い、情念を息つく暇もなく描かれている。
「富士太鼓」(中世の夫婦像)では通盛・清経・砧・船弁慶の静御前まで解釈を広げている。ただ単に一曲の解説に終っていない。
「海人」(海人の珠取り)では渚の音、潮の香り、浜辺で一緒に綱を引く臨場感に浸る。
曲の出典を日本の古典から解説し、和歌・古言の解釈は日本の文化の高さを示している。
二、和歌と能の物語では「西行桜」から「白楽天」まで二十一曲、和歌を中心に解説している。
玉鬘では「源氏物語」から零落と幸運をつかむ日本人の好む出世話を述べている。
またこの本は平易な文章で気軽に読むことができる。また好きな項目から読むこともできる。
能の真髄を究めた作者だからこそ著す事が出来たと思う。
古典を知るためにも座右の書として多くの方に知って貰いたい。
能楽師は長霊癋見(ちようれいべしみ)の眼して九番習を吾に伝授す
この本の副題には,―能を読む―とあります。それが示すとおり,著者は能に込められた人間のさまざまな情念を文学的に読み解こうとします。それは,能という中世の芸術作品の中から,人間の普遍的な情念という純化された結晶体を取り出そうとする営みであると言えるかもしれません。
本書は,第1部「よみがえるシテの情念」と第2部「和歌と能の物語」の2部構成となっています。第1部は,筆者がこれまで国立能楽堂で演能前に行ってきた講話をまとめたものです。「人待つ女 井筒」から「女が鬼になる時 道成寺」まで,合わせて19番の能についての談話が収録されています。
第1部「よみがえるシテの情念」では,主に女性のシテのさまざまな情念について解説がされます。わかりやすく懇切な語りの中に,激しい価値の転換の時代であった中世を生きた女たちの苦悩や歎き,真実の思いが鮮やかに析出されていきます。
個人的には,能「巴」に「巴御前が女性の情というものを義仲という青年一人に全力投入し,情を志にまで高めていった美しさ」(「乱世に生きた女武者 巴」)を見てとる筆者の指摘に深い感銘を覚えました。
第2部「和歌と能の物語」は,かつて筆者が月刊誌『観世』に連載した「歌と能」を再録したもので,「西行桜」から「白楽天」まで21番の能がとりあげられます。「和歌などの文言の婉麗な活力や,時には和歌そのものが詠まれた場のドラマへの注目が能の誕生につながっていること」(あとがき)を,筆者は豊麗で深い余情をたたえた筆致で私たちに示してくれます。各篇はさながら謡曲の詞章のような美しい気韻をたたえた珠玉の文章です。
本書の「あとがき」で筆者は次のように記しています。「私は以前から,能のもつ深いちからに,中世的という以上に,より文学的な精神の深淵,人間の情念の美しさや強さを評価すべきだと思ってきました。」その言葉のとおり,本書は文学としての「能のもつ深いちから」を私たち読者に教えてくれる,極めて優れた艶なる手引きの書であると思います。
国立能楽堂・セルリアン能楽堂での、馬場あき子氏の講話は、歌人である著者が、自然と声に抑揚をつけて語るもので、何度聞いても心地良いものです。
今回、この本「能・よみがえる情念」に出会い、講話が文章化されたことでより
お能が身近に感じられました。
特に印象に残ったのは、「鬼」の記述です。
鉄輪の心に棲む鬼、辺境に棲む鬼「黒塚・安達ヶ原」、斎垣を越える源氏「野宮」、女が鬼になる時「道成寺」など、人の心に棲む鬼を、自分で理解することに時間がかかったが、考えて良かったと思いました。
この記述は以前出版された「鬼の研究」より、さらっとしていますが、能を読むには分かり易いと思います。
次には、平安時代の人々についての記述として「芦刈」、恋物語の「小眥」、業平のこと「小塩」などが時代背景を頭に入れて、お能をみるとより分かり易いと思いました。
最後に、「和歌と能の物語」は、講話の中で少し触れられることはあっても、本としてまとめられたものは少なかったので、読み手としては有り難い内容です。
修羅物が好きとしては、「清経」を理解するため、「平家物語」などを読んでもわからなかったことが、すっと頭に入って気持ちの良い文章でした。
今後この本が多くの方の目にとまり、お能を観る前に読んでいただくバイブルとなりますように祈念します。