商品詳細

世阿弥のことば100選

著者/出演者 山中玲子(監修)
出版 檜書店
判型 四六判
ページ数 164
在庫 有り
価格 1,728円(本体1,600円 + 消費税128円)

物販商品

商品説明

【大好評につき増刷決定!】
※8月28日再入荷致しました。


世阿弥生誕六五〇年記念出版!
さまざまな分野で活躍する著名人が選んだ世阿弥のことばを100以上収録。執筆者それぞれの視点で世阿弥のことばと向き合ったショートエッセイ 集。


【執筆者一覧(五十音順)】

秋吉久美子/天野文雄/有馬賴底/池坊由紀/石井倫子/いずみ玲/一噌庸二/内田樹/梅原猛/梅若玄祥/梅若万三郎/江崎敬三/大倉源次郎/大谷 節子/岡本章/小田幸子/表きよし/柿原弘和/葛西聖司/片山幽雪/加藤精一/亀井広忠/観世清和/観世新九郎/観世銕之丞/観世元伯/観世喜之 /北河原公敬/玄侑宗久/甲野善紀/小島章司/小玉祥子/小林健二/小松和彦/金剛永謹/近藤誠一/金春安明/齋藤孝/佐藤信/佐野史郎/シェリー・フェノ・クイン/高桑いづみ/高林白牛口二/多川俊映/竹本幹夫/田中優子/勅使河原茜/西野春雄/西本ゆか/野村萬/野村萬斎/萩岡松韻 /馬場あき子/林望/坂東玉三郎/藤田六郎兵衛/宝生和英/松岡心平/黛まどか/三島元太郎/三宅晶子/宮本圭造/村尚也/村上湛/村瀬和子/茂 木賢三郎/森常好/森下洋子/柳谷晃/籔内佐斗司/山折哲雄/山崎有一郎/山中玲子/山本東次郎/横尾忠則/渡辺保/渡邊守章


姉妹本『現代語訳 申楽談儀』はこちら

レビュー

世阿弥の言葉百選を読んで

大学時代のゼミのテーマは「風姿花伝」でした。自らも小鼓の名手であり、舞台にもプロとして立たれていた方が、主任教授でした。変体仮名で書かれている原文がテキストで、読み下すのがそれは大変。(もちろん、参考書をつかいました)その上内容は難解で、授業が終わるたびに悲しい気分に浸っていました。あまりにプアな、自分の能力を悲観して。

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 学生演劇のグループに属していた私は、

「同じ演劇つながりだし、何かの役にたつかも」くらいの軽い気持ちで選んだゼミでしたが、世阿弥の展開する演劇論は学生演劇などとは遥かに次元が異なり、遠くの星雲の美しい光のように感じたものでした。

 主任教授の自宅の稽古場にお邪魔して、小鼓を体験させていただいたこともありました。先生の打つ気合いの籠った小鼓の音が稽古場の檜の床に座った私の肚に狙いを定めて撃ったスマッシュのように打ち込まれて来たのを、いまでもありありと覚えています。空間を切り裂く気迫の籠ったかけ声も。

 能の本質は何なのだろうか、世阿弥は風姿花伝やその他の著作でいったい何をつたえたかったのだろうか。その疑問は、長い間ずっと私の深いところで低く重く響き続けていました。

 そして、縁在ってこの本を手にする事ができました。私から見ると遠く遥かなところにある「能、世阿弥」の国の固く閉ざされた門を開く鍵がこの本には書かれているように思いました。各界の著名な方々が人生の折々にに、また厳しい修行のみちしるべとしてこられた世阿弥のことばについて、深い感慨を込めて思いを述べられています。

 

 六百五十年もの長きに渡り、あの世に在るもの達への鎮魂の言葉として、また今この世に生きる者への生きる力のよすがとして「能」が存在し続けてきたのは、在る意味奇跡であったと感じさせてくれた本書でした。 

 今ひとたび、「風姿花伝」の書を開かねばなりません。実家に探しに帰りましょう。

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(山上 安見子 様)
「世阿弥のことば100選」を読んで

先ず、この本の「世阿弥に学ぶ」で、宝生和英師が選んだこの句が気になりました。

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「物事を極め尽くしたらん為手は、初春の梅より、秋の菊の花の咲き果つるまで 一年中の花の種を持ちたるがごとし」

私は、10年程前から仕舞の稽古を始めました。

そのとき先生に言われた二つのことばがあります。

「毎日、ラジオ体操のように身体を動かして型と一体になること」

「毎日、美しいもの・感動するものに気を留めること」

当時は何故だか解らず、ただひたすら言葉を実践しようと努力を重ねました。

そのうち、ぎこちなかった「型」が、自然と身体が動くようになりました。 

毎日玄関に旬の花を活けるように努め、庭に種や苗から花を育て、厳冬に咲く水仙の香り高く孤高の花から仕舞の凛とした姿を感じ、烏瓜の朱を見ては能のシテを連想する等の意識の変化がありました。

 二年前からは写真撮影を始めました。四季の変化の一瞬を感じ、シャッターを押し続けていると、「その一瞬」は草木や花々が見せる美しさとの「一期一会」だと感じました。雨上がりの水滴が付いた花の笑顔、冬枯れた木々の風に揺れる枯葉の陰陽、二度とない一瞬を自然のきらめきを迷わず写し撮るようにしています。

これらの感動を舞台にも活かしたいと思っています。

日常の一つ一つの事柄が、「自分の心身の糧」になっていることに気づいています。

仕舞は、自分の心に蓄えた「美意識」を自分の身体を通した「型」で、「情景」を表すようにできるまで、努力を続けたいと思っています。

最後に、この「世阿弥のことば100選」は世阿弥の言葉を、理解する入り口にも出口にもなる面白さに溢れた内容です。より多くの方に読んでいただき、「人生を楽しむことば」に出会ってほしいと思います。

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(hagoromo 様)
立ち上がる“途轍もない人”の実相-「世阿弥のことば一〇〇選」を読む

能楽に深く捉えられた77人の心を揺さぶる、のべ122の世阿弥の<ことば>。 

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その<ことば>への各人の思いの丈を吐露する本書は、B5版、160ページとコンパクトながら、ずしりと重い。それぞれが500字程の122編のショートエッセイが、一気に読み通すには一筋縄では行かない困難さを伴うのは、それぞれの<ことば>自体の重み、そして書き手の思いの深さに起因するのだろう。

 世阿弥の<ことば>に触発されるのは、能楽師や能楽研究者だけではない。歌舞伎や邦楽の人、バレエやフラメンコのダンサー、演劇評論家など、多彩な人々が登場する。

中には、世界的な彫刻家にして奈良のゆるキャラ、<せんとくん>の生みの親、藪内佐斗司。個性派女優の秋吉久美子。前衛演劇集団の黒テントを率いた佐藤信。衝撃的なイラストレーターとして出発した美術家の横尾忠則など。正直<へぇ、この人が能を?>と、一瞬目を疑う人も登場して、世阿弥の影響力の大きさを思い知らされる。

 取り上げる世阿弥の<ことば>群は、「風姿花伝」からのもの、その他の伝書からのもの、能の詞章からのものの3ジャンル。<秘すれば花>、<離見の見>など、その深い意味には至れなくとも、能楽初心者にも多少とも耳に馴染んだ芸道に関わる<ことば>が多数取り上げられる。

 その一方、<好色・博奕・大酒。三重戒…>という生活規範とも言える文言。<一座成就の感風は、連人の曲力和合なくば…>といった組織論。<銀垸(ぎんわん)に雪を積む>のような、まさに禅語のような芸術論。

また世阿弥の自作能に見える<恋の奴になり果てて…>、といった鋭い人間観察。<いかにいにしえ人、清経こそ参りて候へ>といった、ダイナミックに時空を超えて死者と生者が交錯する複式夢幻能の空間などなど。

初めて触れるものも多々ある<ことば>群の圧倒的な広がりに、初心者はただただ息をのむばかりなのだ。

 冒頭の<世阿弥について>という解説(山中玲子)において世阿弥の生涯が、時の将軍、義満・義持・義教の三つの時代区分のもとに紹介されるように、常に政権と密接な関わりのもとにあった世阿弥。

才能豊かな美形として恵まれた環境にあって、精力的に能楽を進化発展させた青・壮年期。多くの能楽曲を創り、後進の指導にも心を砕いたその後。確立した芸術世界の後継者と期待をかけた息子の謎の客死という、理不尽とも言える深い悲しみに遭遇した老年期。政権の交代により冷遇され、ついには七十過ぎの老いの身で佐渡へと流される晩年…(当時としては極めて頑健であったろうその肉体と精神にとっても、それはあまりに過酷な情況)。

想像を遥かに超える有為転変のどの時にあっても、能楽に関わる様々な事柄を、怠ることなく記し続けた世阿弥。強靭な精神と肉体に裏打ちされた、圧倒的な力を秘めてそびえ立つその威容を前にした時、人々は世阿弥という人間が、想像をはるかに超えた“途轍もない”存在として今に生き続けていることに、改めて気付くのだ。

7歳の時初めて能を観て、言い知れない衝撃を受けた私には、紆余曲折を経て機が熟し、心にかかり続けた能を実際に学び始めるまでに、半世紀近い時が必要だった。そんな私は、この本を介して立ち上がる“途轍もない人”世阿弥に、なす術もなく魅入られてしまったことを実感する。まだその足許にさえ遥かに遠い自らの卑小さと共に…。

杳として行方の知れない世阿弥を思う時、ふと『姨捨』の舞台が重なる。語られる老婆の悲惨は、影絵のようにどこかおぼろで、ただ煌々と照る月光の無量の光のみがあたりに満ちて…。世阿弥もまた自らに課せられたすべてを受け入れて、静かに月光の中に佇み、宇宙に溶け込んでいる。それ故にその<ことば>は、存在の深遠から発した普遍的な哲学の<ことば>であるのだ。

山姥が山から山へと山巡りの果てに、行方も知れなくなったように、世阿弥もまた宇宙の習いである、変転してやまぬ無常の中にあって、ふと行方が知れなくなったに過ぎないのではないか。今に生きるあまたの<ことば>を残して…。

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(阿部 未知世 様)

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